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突然ですが、みなさんは「生乳」と「牛乳」の違いはご存知だろうか?
生乳とは、加熱殺菌もホモジェナイズもしていない絞ったままの乳そのもののこと。ここでは便宜上牛の乳の事として説明する。
牛乳とは生乳を加熱殺菌したもの。いわば製品として出荷するための形態である。
当然現在の日本では加熱殺菌が義務付けられており、市場に出回る牛乳はほぼ100%何らかの加熱殺菌を施してある。
しかし日本で唯一、「生乳」としての販売が認められている商品が存在する。
それが想いやりファームの「想いやり生乳」なのです。
そんな想いやりファームの長谷川竹彦氏の講演が少し前に石川県の某所で開催されたので、行ってお話を聴いてくることにしました。

まず、生乳は牛乳と全くの別物であるということの説明があった。
加熱することにより、生乳は牛乳という「加工食品」になる。
どちらがいいとか悪いとか、どちらの方が価格が安いとか高いとか、どちらの方がおいしいとか、そういう観点では比べられないのだ。
例えば小麦粉とパンを同列で比較できないのと同様、ブドウとワインを同列で比較できないのと同様、そもそも比べるられる物ではない。
長谷川氏も牛乳を否定するつもりは一切無く、生乳とはいかなる物かということを切々と語ってくれたのが非常に印象的であった。
先ほども述べたが、本来牛乳は製品として扱うためには加熱殺菌の必要がある。
なぜ加熱殺菌をしない生乳の状態で出荷できるかは割愛させていただくが、気の遠くなるような手間をかけていることに非常に驚いた。
細かな話に関しては長谷川氏の講演を聴くことをぜひオススメするが、中でも非常に印象に残ったお話として、いくつか紹介したい。
「想いやり生乳は腐らない」
この生乳は菌叢が非常に良好で、酵素や乳酸菌が生きているため、雑菌が繁殖しないそう。
法律上、保存温度や消費期限の記載はあるが、本来は常温で長期保存できるものだそう。
自然に発酵することはあっても、腐敗はしないと言い切っておられた。
ということで、僕も購入した想いやり生乳を常温で1ヶ月放置しているが、今のところ全く変化は無い。
「生乳は母乳の代わりになる」
これは大変驚きました。100%信用するかどうかはともかく、長谷川氏はある程度検証されているようです。
まさか牛の乳が母乳の代わりになるとは思ってもいなかった。
当然ですが、長谷川氏も「牛乳は赤ちゃんの飲み物として適さないし、母乳の代わりにはならない。もちろん、人間の体にとって良いということはない。」とおっしゃっていました。
このあたりは僕の考えている部分とおそらく合致していると思われます。
(繰り返しますが、長谷川氏は牛乳の存在意義を否定しているわけでは全くありません。それはそれとして良いものとおっしゃっています。)
しかし、非加熱の「生乳」の状態であれば、酵素も生きているしタンパク質の変性も皆無。
つまり、母乳の組成とは異なるものの、代わりとして用いることは十分に可能なのだそうだ。
まとめると、赤ちゃんにとって母乳に勝る食べ物は無い。しかし生乳に限れば牛の乳であろうと、その他の動物であろうと組成に大差はなく、成長の妨げにはならない。と言ったところであろう。

試飲。
舌触りは非常に滑らか。
一切の引っ掛かりが無く体に馴染む。
うまいとかまずいとかではなく、「すごい」と言う印象。
俗に言う濃くてうまい牛乳とは全く違いますし、言い方として適していないとは思うが、味は「薄い」です。
しかし、ホルモン剤や得体の知れないエサを与えられ、自分の子を育てる何十倍もの牛乳がでる体に仕立て上げられた運動不足で満足な健康状態でない牛から搾られた高温殺菌ホモジェナイズ牛乳を飲むことの不気味さに、心の底からはっとさせられた瞬間でもあった。

720mlで1050円。(最近1575円に値上げされたそうです。)
一見高価ではあります。
しかし、詳しくは書きませんが、気の遠くなるほど手間のかかった生乳です。
この価格に感じる疑問など皆無です。
お子さんがいらっしゃる方、牛乳のこと、そして子供の給食のこと、ひいては現代の食に関する何かに疑問を持ったり考えようとしている人は一度でもいいからここの生乳を味わって欲しいし、ぜひホームページやパンフレットを一度読んでもらいたいと願います。
食品に関する考え方などは、自分が賛同するか否かは別としてかなり広範囲に渡り知っているつもりでした。
しかし、こんな考え方があること自体に考えが及ばなかったと思わされる部分が多々あり、今までで聞いた食に関する講演の中でもかなり驚きが多かった部類に入る。
これを飲むことの是非やそれだけの問題ではなく、食に関する見解を深めたいと考えている方はぜひとも聴くべきだと感じた。
木次乳業とは生み出す製品は異なりますが、決して異なる方向性ではない。
本質的な食を見つめ直すと言う意味でどちらも大変参考になる話であった。
ここ最近で様々な貴重なお話を聞き、改めて自分の探求すべき食の方向性を確認した次第です。
とても素晴らしい講演をありがとうございました。
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最近まで母乳育児していました。
和食にすると母乳はサラサラとしたものになり、油っこい食事をすると母乳はドロドロになると学びました。
実際、ピザやカレーを食べたあとに飲ませた母乳では、赤ちゃんは下痢をすることが多かったです(ウンチにはいつも以上に脂肪の塊である白いツブツブが混じっていました)
血液が変化して母乳になるわけですから、食事内容や体の状態が影響するのは当然ですよね。
そういったことに気を使って、しかも製品化までしているこちらの牛乳はすごいです。
我が家は牛乳を飲まない和食派なのですが。
幼稚園では牛乳が出ることがあります。
こういった本当の牛乳が出て欲しいと思いました。
とうとう、味わってみましたか。
想いやり牛乳。
透明感のある色でしたでしょ?
UHTと比べてみると
その綺麗さにびっくりします。
まりえさんの書かれてることに
多少被りますが。
「赤ちゃんにとっていい乳」というのは青みかかった透明感のあるサラサラな乳なんだそうです。
多脂肪の食事や、不健康な生活をしてると乳はどろりとして黄色い。
ある母乳式の考え方ではそれを「腐れ乳」と呼びます。
いくら絞りたての母乳であっても。
赤ちゃんが顔を背ける乳とはそういう「腐れ乳」の場合が多いです。
そんな知識と経験の後
たまたまこの「想いやり牛乳」に出会い、味わってみたら。
なんて「いい乳なの!」と感動しましたよ。
赤ちゃんは母乳が栄養の全て。
その時はお母さんたちも
とても『自分の食べるものが赤ちゃんんの栄養になる』と気をつけるのに
いざ普通食になるといい加減になってしまうのが、私的にはどうにも理解できない。
たしかに牛乳は牛の赤ちゃんが飲むもの。
人は母乳を赤ちゃんの時しか飲まない。
けれど乳製品は大好き。
食べ物は身体を作る素。
だから、出来るだけ大切な食物を摂取したいなぁ、と考えるわけです。
はじめまして!
そうですね、母乳はまさにお母さんの血液。
長谷川氏もおっしゃっていましたが、だからこそ人間も牛も体調や食べ物、そしてストレスなどが大きく影響してくるようですよね。
ピザやカレーを食べたとき・・・実体験はとても参考になります。やはりそういうものなのですねぇ。
これを製品化するということにこちらの会社の心意気を感じます。
確かに。養殖魚の脂の悪さは頭が痛くなってしまいます(笑)
食べ物、そして生き物を食べることは体内に取り入れること、まさにその通りですね。
近年アレルギーが増えていることもそれが原因である気がしてなりません。
はい、以前から気になっていましたが、講演を聴く機会に恵まれましたので。
この想いやり生乳(あえて「生乳」という表記にはこだわらせていただきます。)は本当に澄んだ味でした。
完全に別物である「高温殺菌牛乳」とは比べる対象にはなりかねるかもしれません。
母親の食生活、そして母親の母親から受け継いだもの、すべてが赤ちゃんの体へと入るわけですからね。
恐ろしいことです。
もちろん、母乳に限らず、食べ物は体を作る素ですもんね。
カイエさんのおっしゃるように、出来る限り真っ当な食べ物を食べたいと思います。
いつもブログ読ませてもらってます!
さっそくこちらの生乳を頼んでみました。
とんでもなく美味しかったです^^
私も最近は食べ物に付いて考え方が変わり、いろいろ勉強しているつもりです。
いつも貴重な情報を書いて頂き、ほんと有り難いです。
これからも陰ながら応援してます。
p,s この生乳、野々市で買えることが後から解りました^^;
おひさしぶり(?)です!
市販されている「牛乳」とこの「生乳」は全くの別物ですね。
僕もまだまだ勉強中ですが、食の本質については自分が最も信念を持っている部分です。
またぜひコメントくださいね。
ちなみに、この講演はその野々市のお店であったものなのです^^
私にとって牛の乳は、やはり嗜好品で健康のために飲むという考え方はありませんが、この生乳は是非一度試飲してみたいですね。
うちの子は今、妻が母乳で育てていますが、母乳の出ないお母さんには一つの選択肢として貴重かも知れません。目からうろこの記事、ありがとうございました。
生乳が手に入るのですか!?素晴らしい!
しかし、やはり牛の健康状態、精神状態などによるのでしょうね。難しいですね。
僕も牛の乳は健康のために飲むと言う考え方は一切ありません。もちろんこの生乳であってもです。
ただし、今回は少し考え方を変えさせられました。
嗜好品以外であれば牛の乳を体に入れることに意味は無いと考えていましたが、まともな生乳であれば人間の体の一部にも成り得る場合があると思えました。
いずれにせよ、「まともな物」を体に入れたいと強く再認識した次第です。